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artshore 芸術海岸 絵画・版画・造形についての記事サイト artshore photo 写真についての記事サイト (映像・身体芸術を含む) ※ まだ整備中のため、完全には記事が反映されていません。 徐々に整備拡充していきます。 # by artshore | 2011-09-03 13:02
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![]() クロームメッキを思わせるなめらかな皮膚、無機的な直線でありながら奇妙な官能を呼び起こす輪郭。タマラ・ド・レンピッカ (Tamara de Lempicka,1898-1980)の絵は、たとえばJ.G.バラードの原作をデヴィッド・クローネンバーグが映画化した『クラッシュ』の世界を思わせます。そこにあるのは官能であり、歪んだエロティシズムです。しかし同時に、冷感症のような芯の冷たさを感じるのもたしかでしょう。緑のブガッティに乗った自画像はとくに有名ですが、その肉体は自動車と同化してアンドロイドのようです。機械、金属、合理主義、機能性が新しい時代の象徴でもあったアール・デコを、そのままキャンバスに写しとった一つの典型であり、彼女の謎に満ちた人生を代弁しているかのようです。 出身はワルシャワともモスクワともいわれ、良家の子女として育ったタマラは、ロシアで弁護士と結婚し、革命を逃れて夫とともにパリに亡命します。パリにあってはアール・デコにキュビズム的な要素を加味した独特の肖像画を数多く制作し、一世を風靡します。しかし、第二次大戦を前にアメリカに亡命し、その後は注目されれることなく、最後はメキシコで亡くなりました。ただし、晩年は作品が再評価され、いまではそのコレクターにマドンナやマイケル・ジャクソンなど有名人が名を連ねています。 いずれにせよ、タマラの絵にはロシア貴族的な没落の気配を漂わせた豪奢さが漂い、彼女自身にとってはそこに切実な何かがあったのかもしれません。一見戦闘的なようでありながら、どの絵の人物もその目は戦うことを放棄し、厭世的な気配を漂わせています。パリではそれがある種の戯言として支持を得たのかもしれません。 しかし、NYでは通用しなかった。当時のアメリカ文化は、こういうキッチュさを浅薄さ、あるいは脆弱さとして処理してしまったのかもしれません。
写真記事のサンプルです
『市役所前のキッス』というあざとさが目につく写真のために、ロベール・ドアノー(Robert Doisneau,1912-94)は誤解を受けているでしょう。比較文化論の今橋映子は著書『<パリ写真>の世紀』のなかで、ドアノーの好んだ言葉が「不服従」(desobeissance)であると書いています。「この信念こそが、ドアノーの精神を支えていた」と。パリ郊外の町ジャンティイに生まれたドアノーは、長じて写真を職業とするようになってからも広告・ファッション写真には違和感を示していました。写真家ロベール・ジロー(Robert Giraud)に導かれ、夜のパリをめぐってシャッターを切るのですが、体質的にドアノーがもっていたのは街の下層階級の世界とは異なるものだったようです。 ドアノーの本質はやはり郊外という空間にあったのでしょう。 ドアノーは1949年に『パリ郊外』を刊行していて、これを見ると郊外空間やそこで生きる人々の姿を映した写真群は、肩の力が抜けて、自然な構え方で対象を捉えています。見ていて安定感がると同時に、画面から親和力のようなものが漂ってきて、こちらはおそらくドアノー自身がもっていたものではないでしょうか。この本には異端の作家ブレーズ・サンドラール(Blaise Cendrars,1887-1961)がドアノーの写真に惚れこんで、50ページにもおよぶ文章を寄せています。これが写真に比べて、じつに重苦しく暗いものです。逆にいえば、そういうものを書かせる力が、ドアノーの写真のなかにあえうということでしょう。 【関連イベント】 ロベール・ドアノー展 会場:何必館(京都) 会期:5月22日まで 【関連ブログ】 <パリ写真>の世紀
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