artshore コンテンツ
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絵 画 (海外)
 
F.クレメンテ   アリ・ラシッド   アルベール・マルケ   アンテス   
アントニ・クラーヴェ  アントニ・タピエス  アンドリュー・ワイエス  ワイエス水彩素描展
イヴ・タンギー   ウジェーヌ・ブーダン   エドワード・ホッパー   エドワード・ルシャ
エミール・ノルデ   エリオット・ポーター   エリザベス・ペイトン
オランダ・マニエリスム   カナレット   カバネル   カミーユ・ボンボワ   
グウェン・ジョン   クプカ   グラント・ウッド   グランマ・モーゼス   コクトー
サイ・トゥオンブリ   サム・フランシス   ジグマー・ポルケ   シャヴァンヌ
シャロン・ルーデン   ジャン・ジャンセン   ジュリアン・サルメント
ジョージ・ショウ   ジョージア・オキーフ   ジョルジョ・モランディ   ジョン・カリン
スーラ   スワンベルク   ゾーヴァ   ソンヴィル   チャールズ・シーラー
ディーベンコーン   デイヴィット・サーレ   ティエポロ   ティンガティンガ
デマジエール   デュフィ   デルヴォー   ドゥ・ヴィット   トワイヤン
ニコラ・ド・スタール   バヴィエラ   バスキア   ハンス・アルトゥング
ヒエロニムス・ボス   ピノッキオ   ピロスマニ   ブーグロー
フランツ・アッカーマン   ベルナール・カトラン   ベルメール   ベロット
ヘンリー・ファラー   ボナール   ボローニャ絵本原画展   ポンチ絵
マルセル・ザマ   マルレーネ・デュマス   モイーズ・キスリング
モディリアーニ   モノクローム絵画   モンス・デジデリオ   モンドリアン
ヤン・シャオミン   ラムシュワール・ブロータ   リュック・トュイマンス
ルシアン・フロイド   ルドゥテ   ルドン   レオノール・フィニ   レオン・ボナ
レンピッカ   ロバート・キプニス   ロラン・バルト   素朴派
絵 画 (国内)
タイガー立石   安井曽太郎   宇佐美圭司   遠藤彰子   横山操
岡田三郎助   岡本太郎   歌川国芳   葛飾北斎   吉田初三郎
久隅守景   牛島憲之   金山平三   金子國義    古賀春江
五味太郎   高松次郎   佐伯祐三   坂田一男   三岸好太郎   三岸節子
山下清   山口晃   篠原有司男   篠田桃紅   小山田二郎   小出楢重
小倉遊亀   小林孝亘   松田正平   上村松園   水村喜一郎   杉戸洋
菅井汲   清原雪信   青木繁   石居麻耶   川原慶賀   前田寛治
村上肥出夫   滝田ゆう   池袋モンパルナス   池田遥邨   竹久夢二
中村大三郎   中村貞以   町田久美   鳥海青児   東郷青児   内田巌
日高理恵子   入江観   富岡惣一郎   富岡鉄斎   福田豊四郎   北脇昇
木下晋   野又穫   有元利夫   妖精画   李禹煥   詫摩昭人   靉光


写 真 (海外)
アーロン・シスキン   ヴィベケ・タンベルグ   ヴォイナロヴィッチ
ウォーカー・エヴァンス   ヴォルス   エリナ・ブロテルス   エルスケン
オットー・シュタイナート   カール・ブロスフェルト   ガブリエッレ・バジリコ
カルロ・モリーノ   グルスキー   サリー・マン   ジェリー・ウエルスマン
ジェルメーヌ・クルル   シャルル・フレジェ   ジャン・ロー   ジョン・ディヴォラ
ストロイリ   ソフィ・カル   ダイアン・アーバス   チェ・ゲバラ
チェコ前衛写真  ディーアガルテン  ヴォルフガング・ティルマンス  デニス・ストック
トーマス・デマンド   ニコラス・ニクソン   ニュー・トポグラフィクス
ニューカラー   ハイディ・ブラドナー   バスティアン・ポン   ヒュージャー
ビル・オーエンス   ビル・ブラント   ブペン・カーカル   フランク・ゴールケ
べアテ・グーチョウ   ベルト・テウニッセン   ベルナール・フォコン
マイケル・ウォルフ   マイケル・ケンナ   マチュー・ベルナール・レイモン
マヌエル・ブラヴォ   マリオ・ジャコメッリ   ミンモ・ヨーディチェ   マルク・リブー
ムンカッチ   ヤロスラフ・レスレル   ヤロミール・フンケ   ユーグ・フォンテーヌ
ラフリン   ラリー・クラーク   ルシール・フェーレマンス   ロレッタ・リュクス   
写 真 (国内)
安井仲治   永津広空   牛腸茂雄   魚津の蜃気楼   空を撮る   高梨豊
坂田栄一郎   児玉姫子   小石清   小林基行   松江泰治   深瀬昌久
神谷俊美   杉本博司   石内都   川田喜久治   鷹野隆大   中国近代写真
中山岩太   中平卓馬   中條均紀   田原桂一   渡辺眸   古屋誠一
土田ヒロミ   土田ヒロミ(続)    島尾伸三   東松照明   藤岡亜弥
奈良原一高   楢橋朝子   尾仲浩二   風景写真の変容   米田知子
北代省三   本城直季   柳沢信   鈴鹿芳康   濱谷浩   ホンマタカシ


版 画 ・ 立 体 (海外)

S.W.ヘイター   ヴァロットン   ウータン  ヴォルプスヴェーデ  エミール・ガレ
ガヴァルニ   カタリーナ・ヴァヴロヴァ   ガレ&ドーム兄弟   キーンホルツ
グランヴィル   クリンガー   ケネス・タイラー   ゴッホ   コルビュジェ
ジャック・ヴィヨン   ジャック・カロ   ジャック・ムーロン   シャルル・メリヨン
ジャン・アルプ   シュビッタース  ジョゼフ・コーネル  ジョン・テイラー・アームス   デューラー   ドーミエ   ハインリッヒ・フォーゲラー   ピカソ   ピラネージ
フィリップ・モーリッツ   ブルノフスキー  ポール・ジャクレー  マーティン・ルイス
マリアンネ・ブラント   マリオ・メルツ   ミュエック   モーダーゾーン・ベッカー
ヤチェック・ガイ   ランドアート   ルイーズ・ネヴェルソン   ロドルフ・ブレスダン
版 画 ・ 立 体 (国内)
瑛九   恩地孝四郎   加山又造   吉田博   宮永愛子   駒井哲郎
原田和男  戸村茂樹   斎藤清   三上誠   山本桂右   篠原資明+佐倉密
春陽会   小沢剛   小林敬生   深沢幸雄   清宮質文   石山修武
川瀬巴水   前田藤四郎   村野藤吾   瀧口修造   朝倉響子   長谷川繁
釣谷幸輝   渡邉幹夫   藤森静雄   浜田知明   柄澤齊   宝珠光寿
北川健次   名嶋憲児   靉嘔


身 体 ・ デザイン
山名文夫   アグネス・デネス   アントニー・ゴームリー   アルヴァ・アアルト
エーロ・アールニオ   ロシア構成主義   ウィリアム・モリス   
ヘルベルト・バイヤー   シルク・イシ   舞踏論   旧乾邸
# by artshore | 2006-08-31 23:23 | Comments(13)
ジョージ・ショウ、日常の本質 (下)
 (承前)
 ショウは英国のコヴェントリーのタイル・ヒルという町に生まれました。彼にとってはこのタイル・ヒルの記憶が、あるいはそこで置き去りにしたものが、創作の軸になっています。
 経歴をたどれば、シェフィールド美術大学で学んだのち、89年にいったん絵から身を引いてしまいます。23歳のことでした。それから7年間、彼は医療関係の写真家や養護学校の先生をして暮らします。その後、ロンドンの王立美術学校に入学という少々わき道に逸れた20代を送りました。
 そうすることで、どうすれば自分の絵が描かけるのか、彼なりの答えを見つけることができたのでしょう。

 別ないい方をすれば、自身のなかにかなり明確な形で絵に対する思考もしくはイメージが存在していて、しかし20代ではそれを見つけることができず、その苛立たしさからいったんは絵を放棄するという行為に及んだのかもしれません。画家であれば、多かれ少なかれそうした体験をもつ人は少なくないと思います。

 その独自の世界、それは遠い日の個人的な思い出の場所なのですが、絵に描かれたその世界に人々はなぜかノスタルジーを覚えます。おそらく彼は心のなかにあるものを、絵という言葉でもって表現するすべを見つけたのでしょう。そこには日常のなかの本質が、染み出してきているようです。 (了)


     ※ 「artshore 芸術海岸」を読んでいただき、ありがとうございます。
       ブログ開始の目的でもあった皆様とのコメント交換により、
       得るところが大きく、日々楽しいひとときを送ることができました。
       まだまだ目的が達成できたとは思えませんが、
       ひとまず本ブログを休止することとしました。 
       2年間ほどでしたが、おつきあい心より感謝いたします。

                                       artshore
# by artshore | 2006-08-29 08:54 | 絵画(外国人) | Comments(23)
ジョージ・ショウ、日常の本質 (上)
 イギリスの町のなんでもない風景や建物が、画家ジョージ・ショウ(George Shaw,1966-)にとっては大きな関心事となっています。
 思えばこの10年あまり、絵画は触覚のごとく葉を伸ばす植物のようにして、身を潜めた日常のなかの本質を探っていたという気がします。ショウもまたそうした独自の神経を頼りに、絵を描き続けるひとりです。ただし美術界の潮流とは、ほとんど無縁の世界で。

 日本ではほとんど無名のショウですが、私は彼の絵が気になって仕方がありません。写真をもとに、どちらかといえば小さな絵をエナメル絵の具を使って彼は描きます。忘れ去られたような風景は、綿密に描かれれば描かれるほど、なにか遠ざかっていく感じがあるのです。
 ショウ自身はこんなふうに語っています。
 「絵は覚えているものよりも、むしろ忘れてしまったものに関係がある。それは子供のころや青年期に私が親しんだ場所だ。私はそこに、たったひとりで物思いにふけっている私自身を見出す」と。
 この言葉からもわかるように、ショウの絵は場所や土地にかかわる記憶によって成り立っています。しかも興味深いのは、「覚えているものよりも、むしろ忘れてしまったものに関係がある」という点です。谷川俊太郎は『かなしみ』という詩にこう書き記しています。

  あの青い空の波の音が聞えるあたりに
  何かとんでもない落とし物を
  僕はしてきてしまつたらしい

 谷川が記憶の落し物をクールな抒情で包んだとすれば、ショウはその落し物を自らの想像力で再構築しているかのようです。そこにはじりじりと締め付けてくるような時の重圧を感じます。 (つづく)
# by artshore | 2006-08-28 01:06 | 絵画(外国人) | Comments(2)
名嶋憲児、弧のセンス
 肖像というのは、つくづく面白いと思います。それほど、人が人を描くということは、なにかが滲みでる。おそらくは本人さえ気づいていないようなものが。暴かれるのはモデルではなく、作家自身の姿です。

 名嶋憲児(Najima Kenji,1968-)の木版画にも、男の姿が登場します。木版独特の骨太で荒削りな輪郭線、さらに白抜きの凹線をくっきりと浮き立たせる陰刻。
 そこから漂ってくるのは、1968年に三重県久居市で生まれた名嶋の、生まれた当時かせいぜいその後5年間ほどの時代がもっていた空気感のようなものです。どこか寂しく、孤独で、それでいて若さが肩で風切って歩いているような、きゅっと胸を締めつける感じです。

 こういうある種の時代性がどこから生まれるのか。それはわかりません。現代とはどこか異なる感じがするのですが、現代的な心性には不思議とシンクロしてくるのも面白いところです。

 銅版画では、その孤独さがより繊細さを増します。銅板ならではの細い線と、画面の滑らかさとざらざら感の対比が、瀟洒なイメージを残します。

 孤独と書きましたが、重々しいものではないだけに、心の隙間に絵が染みてそれが印象に残ります。かすかなユーモアのセンスもあって、それはおそらく描かれた形態のなかあるのではなく、画面のなかの“間”に感じられます。行間にユーモアが漂うといった感じでしょうか。
# by artshore | 2006-08-27 00:39 | 版画・立体(日本人) | Comments(0)
サリー・マンと聖獣 下
(承前)
 サリー・マンの撮影した写真の痛々しさ、壊れやすさ、美しさは、たしかにセクシュアルな感覚を刺激しないではありません。作者自身の制作意図がどこにあったのか、それはよくわかりませんが、ただ、身近な被写体を前に、ここまで徹底して妖精世界的な美を映しだした感覚には驚きを隠せません。

 芸術かポルノかの論争よりも、まずはその写真を眺めていると、あるときはニンフとなり、小さな悪魔、野獣、小動物にも見える子供たちを突き放しつつ、表現の対象としたひとりの写真家の美意識を感じます。同時に、そこには人を撮る写真家に絶えずつきまとう被写体との心理的距離が微妙に立ち表れているようです。

 サリー・マンの写真は演出ではなく、かといってスナップでもない、きわめて稀な創作となっています。突き放しつつ、母と子であることの信頼がそこに影響していることは、おそらく間違いはないでしょう。

 ただし、個人的に、サリー・マンが撮ったこれらの美しい写真を飾っておきたいという気にはなれません。それには、あまりに膠着性がありすぎるのです。たしかに吸引力があり、毒があり、甘さがあるのですが、どうもそれが肌に粘りつくようで、それが肉親への愛情なのか、表現への欲望なのか、そのあたりはよくわかりません。

 被写体との微妙な距離感は優れて評価すべきですが、なにか猥雑物がそのなかに混ざっていると、感じられるのです。倫理というより表現において、どこかストレートさに欠ける気がしないではありません。 (了)
# by artshore | 2006-08-25 02:15 | 写真(外国人) | Comments(6)
サリー・マンと聖獣 上
 童子の肖像は、ガラス細工です。
 ヴァージニア州の自宅の庭で戯れる3人の子供たち。写真に映しだされたその姿は、ときにこの世の存在から乖離した美しさ、妖しさを漂わせ、ときに傷ついた野性の獣のようです。

 サリー・マン(Sally Mann,1951-)は、8×10ヴューカメラによって自身の子供たちを被写体に繊細な写真を撮りました。子供たちはほとんどの場合、裸体かそれに近い格好で、怪我をしていたり病気で寝ている姿で登場することもあります。

 彼女は生まれ育ったヴァージニア州で家族と田園生活を送りながら、これらの写真を撮り続け、写真集『Immediate Family』にまとめました。サリー・マンの人気を決定づけた1冊です。

 しかし、児童のヌードなどを撮影しているとして、保守的なキリスト教原理主義者に幼児虐待ポルノだと激しく非難されたことも事実です。その過程を丹念に撮影したドキュメンタリー短編映画『血の絆』は、糾弾側と擁護側それぞれに取材しつつ、それらの論争の彼方で流れる一家の日常生活と彼女の作品を描いた秀作でした。
(つづく)
# by artshore | 2006-08-24 01:02 | 写真(外国人) | Comments(0)
エリザベス・ペイトンの日常的気分
 エリザベス・ペイトン(Elizabeth Peyton,1965-)は“現代の”アメリカを代表する肖像画家といえます。現代の、という点を強調したのは、新しい具象(new figurative)に特徴的なにじんだようなタッチもさることながら、モデルの一瞬を捉えるその感覚ゆえです。過ぎ去る一瞬の感情にこそ、その人物が、あるいは時代が集約されるとでもいうように。

 ペイトンは1993年、ニューヨークのチェルシー・ホテル828号室で展示されたナポレオンやマリー・アントワネットなどの歴史的人物を描いたシリーズで一躍有名になりました。その後も有名ミュージシャンや映画スターなど世界の有名人描いてきました。

 そうした肖像画を語るとき、写真との関係は一つの鍵になります。そもそも多くの画家は、写真をどのように絵のなかに取り込むかで迷ってきたともいえます。ペイトンは取り込むというより、ストレートに翻訳という道を選んだのかもしれません。すなわち本や雑誌などのメディアに載った絵を、そのまま独特のタッチで絵にしていったわけです。

 それはデビッド・サーレ(David Salle,1952-)にもいえることですが、サーレが絵筆で丹念に翻訳したとすれば、ペイトンはどこか大雑把です。どこか投げやりで乱暴的な感じがすることもあります。
 にもかかわらず、その絵は意外に小ぶりで、繊細な感受性に満ちています。

 その意味では、有名人を描いた絵よりも、むしろ彼女の身近にいる無名の人々を描いた作品にこそ、独特のムードが漂っています。彼女の絵にある不思議な魅力はまさにこのムードであり、それは自由で軽快で、にもかかわらず瑣末な日常のやっかい事に悩まされているというようなリアリティな気分です。
# by artshore | 2006-08-22 14:24 | 絵画(外国人) | Comments(0)
ヴォルス:震え、または呪力  5/5
(承前)
 ヴォルスは絵の具のチューブを直接カンヴァスにひねりだし、それを塗りたくったり、乾いた絵具を引っかくことで画面に傷跡を残します。そうすることで、彼の絵は厚みのある素材感に満ちたものになっていきます。油彩の技法が未熟で水彩ほどの熟練がなかったという見方もありますが、油絵という素材をヴォルスなりに精一杯使いきろうとしたとみるほうが私には納得できます。

 ヴォルスにとって、写真は世のなかや自己の不条理さを見つめようとするもであり、そこには冷徹な抒情がありました。水彩やデッサンははその不条理に恐る恐るふれてみたような繊細な震えを感じさせます。
 しかし、油絵では抒情や繊細さよりもある種呪術的な力が画面を支配します。戦争の混乱と荒廃がヴォルスの才能とのあいだで化学変化を起こしたかのようでもあります。油絵自体が不条理そのものであり、ヴォルスのなかでこれを固定化させる力のようなものが作用していたのかもしれません。

 たとえば最晩年の作『Blue Phantom』は、たしかに青という色とタシズムによる抒情性が漂いますが、画面中心に黒で描かれた顔のようなものが古代の呪力をもって浮かび上がってきたような驚きを感じます。青褪めた背景は、ヴォルス自身の精神なのか戦後社会なのか、あるいは幾何学的抽象(冷たい抽象)という美術潮流なのでしょうか。いずれにせよ、合理性や冷徹さ、モダニズムへのヴォルスなりの一石だったような気がします。

 戦後はエッチングの作品もあり、これは水彩やデッサンの繊細さが銅板に反映され、同時に油絵に見るような悪魔的な抽象表現もそこに感じられます。まるで腫瘍細胞が体内で増殖していくような無気味さ。その表現はとても尋常ではありません。それゆえに、サルトルをはじめカフカやアントナン・アルトーの著作に、彼のエッチングが挿絵として使われることにもなります。

 結局、彼がなにものであったのか、それはよくわかりません。写真家、音楽家、版画家、そのでれもが彼の身の丈にそぐわず、画家ですらなかった。
 そして1951年、彼の生涯はパリ郊外のシャンピニー・シュル・マルヌ(Champigny sur marne)で突然に閉じられます。食中毒が原因でした。享年38歳。 (了)
# by artshore | 2006-08-21 02:16 | 絵画(外国人) | Comments(2)
ヴォルス:触手  4/5
(承前)
 子供がおもちゃであそぶように、才能にまかせてあれこれと手を染めたヴォルスが、最も情熱を注いだのは絵ではなかったでしょうか。19歳でバウハウスの門をくぐったときにすでに、絵でやっていこうという決意は彼のなかにあったはずです。

 32年にパリへ移住したヴォルスは、街の中心部から30kmほど南にいったムードンで、フォン・ドゥースブルグ家に出入りしていました。オランダに生まれ雑誌『デ・スティル』の創刊者であり、画家兼建築家でもあったテオ・フォン・ドゥースブルグは31年に他界しているので、ヴォルスがこの家を訪ねるようになったのはそのあとのことです。

 ヴォルスはここに出入りしてヴァイオリンの演奏をしたりしていましたが、やがてスペイン旅行にでます(1933-36)。スペインではかなり困窮しましたが、それでも音楽はつねに彼を支えてくれたようです。ただし、スペインの民族音楽にふれ、一糸乱れぬオーケストラに違和感をいだき、ヴァイオリンを売り払ったと彼は語っています。
 以来、バンジョーが彼の友となりました。イベリア半島の血の熱さに感染したのでしょうか。あるいは二十歳を過ぎたばかりという年齢を考えれば、幼少時のヴォルスを包んでいた権威主義的な世界への反動があったのかもしれません。ただ残念ことに、それらを知る手がかりとなるスペインでの絵や写真は残っていません。

 パリに戻ると、彼は写真撮影のかたわら絵の制作に励みます。
 しかし、第二次大戦が始まると、敵国人ということでヴォルスは収容所生活を余儀なくされます。この頃は水彩やドローイングを残していて、その昆虫がその触手で世界を探るような精細な筆致が一つの特徴でもあります。どの作品もペン先で細かく描写がなされていて、形は鮮明ではなく揺らぎ続けているとい印象です。そのため、尖鋭的抽象でありながら、その絵は抒情的気配を強くとどめています。

 ただ、この収容所時代を経て、ヴォルスはアルコール中毒の症状が強くなり、「呪われた画家」としてのレッテルを貼られていくことになります。戦争が終わったとき、ヴォルスはまだ30歳をいくつか超えた年齢でしたが、かなり精神的に疲弊していたのでしょう。
 そんなヴォルスが選んだのは油絵です。というより、画廊の勧めで始めたというのが真相のようですが、とにかく独自の手法によって、存在感のある形なき絵を描き始めました。それはのちにアンリ・ミショー(Henri Michaux,1899-1984)らが試みたに“しみ”や“にじみ”をいかしたタシズムと呼ばれる絵画手法で、ヴォルスはアンフォルメルの先駆的仕事をしていきます。 (つづく)
# by artshore | 2006-08-20 01:20 | 絵画(外国人) | Comments(0)
ヴォルス:悲しみの翳  3/5
(承前)
 ヴォルスはパリで盛んに写真を撮っていて、というよりも写真家として生計を立てていたというのが実情です。そんななか、1937年にプレイヤード書店画廊で初の肖像写真展を開催しました。このとき初めて“wols”の名が使われています。本名の一部をとって組み合わせたものでした(Wolfgang Schulze)。この個展は大成功を収め、パリ万国博覧会(1937)の専属カメラマンに任命されることになります。撮影技術以上に、画像の吸引力という点でヴォルスのなみなみならぬ力量をうかがわせる話です。

 ことさら奇を衒った感じもなく、それでいて画面から滲みだしてくる不安、無気味さはヴォルスならではの気配です。当時のパリの街並みや、そこにあふれていた失業者や浮浪者などを撮った写真も、単なるドキュメンタリーではなく、人間までをも物として扱うようなある種冷酷なまなざしがあって、そこにある種の狂気さえ漂います。

 そのころのヴォルスはまだ若く美しかったのでしょう。彼を撮った写真を見ても、その若さにしてはいくらか額の後退は見られるものの、それがかえって品格を高めているようなところもあり、いずれにせよ紳士然とした雰囲気と憂いをもった眼差しが印象的です。
 ところが戦後、サルトルは33歳のヴォルスと知りあいますが、彼は驚くほどに変化していました。サルトルはこう書いています。

   「私は1945年にヴォルスと相識った。頭は禿げ、持物
   と言えば酒びんに頭陀袋だった。その頭陀袋には、世界
   すなわち彼の関心が入っており、びんのなかには彼の死
   が詰めこまれていた。彼は以前は美しかったのだが、もう
   その頃はかつての面影はなかった。当時33歳だったが、
   そのまなざしに輝く若々しい悲しみのかげがなければ50
   歳と思われたことだろう」(「指と指ならざるもの」より)
                             (つづく)
# by artshore | 2006-08-17 17:22 | 写真(外国人) | Comments(4)
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