(承前)澁澤龍彦はたびたびベルメールについて書いています。そのひとつに、ベルメールが1939年に詩人ジョルジュ・ユニェと共同制作した詩画集『枝状に刻みこまれた流し目』にふれたものがあって、「遊びたわむれる女の子たちの楽園を生き生きと描き出している」との感想を記しています。 精緻だけれど、のちに描かれた痙攣的エロティシズムはそこにはなく、やはり女性のなかにある子供性がこの詩画集に盛り込まれた絵から感じとれます。 ベルメールの作品からは少女のなかに潜む死とエロティシズムが濃厚に匂ってきます。しかし、作品の中核に宿っているのはそれではなく、死やエロティシズムのなかに隠れた子供性あるいは少女性ではないでしょうか。ベルメールはその無垢さを描き、作り続けていたという気さえしてきます。素描あるいは銅版画には、人形やその写真では感じにくい繊細な線があらわれ、描かれた奇妙な図像もさることなが ら、それ以上に線の妖しさ切なさに惹かれます。銅版画では腐食による奇怪さの演出もありますが、やはり線が目を惹きます。 それは対象のなかに見出した美、すなわち女性の肉体への偏愛というよりも、むしろ自身のなかの美意識の追求、自己愛の極端な姿のようにも思えます。 (了) 数年前に東京での球体関節人形展には興奮したのを思い出します。ショットガンで内蔵をぶちまけるかのような暴力的衝動に駆られ、その衝動が目の前にある人形にダイレクトに向けられるのです。私はその時、完全に引きつけられるという奇妙な感覚を持ちました。 okeke-okekeさん こんにちは 東京都現代美術館で開かれた展覧会ですかね 身体の見方という意味でも、興味深かったです 四谷シモンさんのもやっぱりよかった >完全に引きつけられるという奇妙な感覚 ほんと、すごい吸引力ですね 釣谷幸輝の項ではTBだけして失礼しました。書いている最中に情報を求めたら、artshore さんのサイトをヒット。さすがだと思いました。富山出身の銅版画家に彼がいたとは初めて知った小生、迂闊です。 ベルメール…。学生時代、読み浸った坂崎乙郎の本でか、それともこれも富山出身の瀧口修造の論考によってか、あるいは当時は(今も)よく読まれた澁澤龍彦の本を通じて知ったのか覚えていないのですが、こうした存在のあることに、とにかく衝撃を受けました。同時期にフィニも好きになって、記事を読みながら、懐かしくなりました。 こちらこそ 現在TB欄の表示をしてなくて、すみません
>読み浸った坂崎乙郎・・・ うーん、懐かしいです 早くに逝かれて残念です ほか山中散生や山田耕作なんかもベルメールの名前で思い出しました フィニもいいですね
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